「不登校の子だけ学校を休めてずるい」「ゲームや外出はできるのに、学校へ行かないのは甘えでは?」「兄弟は休んでいるのに、自分だけ学校へ行かされるのは不公平」不登校をめぐって、このような気持ちが出ることがあります。
先に結論をお伝えすると、不登校の子どもを見ていて、「休めていいな」「好きなことはできるのに」と感じることはあるかもしれません。けれど、実際に子ども達と関わっていると、本人が「学校へ行かない」と簡単に選んでいるわけではないことが分かります。
行きたい気持ちがあっても、どうしても身体が動かないのです。学校へ行きたくても、心身の状態や学校環境によって行けない子もいるからです。
一方で、登校している子やきょうだい、支える保護者が「ずるい」と感じること自体を責める必要もありません。その言葉の奥には、「自分もしんどい」「自分の努力にも気づいてほしい」「対応の違いを説明してほしい」という訴えが隠れていることがあります。この記事では、
・不登校は本当にずるいのか
・不登校をずるいと感じる7つの理由
・不登校本人が「ずるい」と言われたときの対応
・保護者がきょうだい・同級生へできる対応
・休みながら学習と将来を止めない方法
などを、神戸・御影の個別教育教室Think+の代表 / 橋本 加奈が解説します。
今回の記事の内容
不登校はずるい?最初に知っておきたい結論

不登校の子に必要な配慮は、「努力しなくても得をするための特別扱い」ではありません。現時点の心身や環境に合わせ、学びや社会とのつながりを失わないための調整です。
たとえば、足をけがした子に松葉づえを用意しても、ずるいとは考えません。困り方が目に見えにくい場合でも、その子が参加できる方法へ調整するという考え方は同じです。
文部科学省も、不登校支援について「学校に登校する」という結果だけを目標にせず、子どもが自らの進路を主体的に捉え、社会的に自立することを目指す必要があるとしています。休めばすべて解決するわけではありませんが、無理な登校だけが唯一の正解でもありません。
不登校の支援で大切なのは、「学校へ行くか、行かないか」の二択ではなく、安全を確保しながら、その子に合う方法で学習・生活・人とのつながりを回復させることです。
令和6年度の文部科学省調査では、小・中学校の不登校児童生徒は約35万4千人で過去最多となりました。不登校は一部の家庭だけに起こる特殊な問題ではなく、どの子にも起こり得る教育課題です。
不登校を「ずるい」と感じる7つの理由

不登校をずるいと感じる理由は、以下の通り。
1.自分はつらくても学校へ行っているから
最も大きいのは、登校している側もつらいということです。眠い、授業が苦手、友人関係がしんどい、先生と合わない。それでも「休んではいけない」と思って通っている子から見れば、休んでいる子が自由に見えることがあります。
この場合の「ずるい」は、不登校の子への批判というより、「自分のつらさにも気づいてほしい」というSOSかもしれません。不登校の子を説得する前に、登校している子の負担も確認する必要があります。
2.休んでいる時間だけが見えるから
周囲から見えるのは、「朝起きなくてよい」「家にいる」「動画やゲームをしている」といった部分です。しかし本人の中では、登校できない罪悪感、勉強の遅れ、友達との距離、進路への不安が続いている場合があります。
家で笑っている瞬間があることと、学校へ行ける状態であることは同じではありません。24時間ずっと落ち込んでいなければ不登校ではない、ということでもありません。
3.ゲームや習い事には行けるから
「学校へ行けないのにゲームはできる」「習い事には行ける」という姿を見ると、仮病のように感じることがあります。ただ、学校と家庭、習い事では負荷が異なります。
・学校は長時間で、途中で帰りづらい
・大人数の音や視線にさらされる
・授業、提出物、集団行動など複数の負担がある
・苦手な相手や場所を避けられない
・習い事は短時間で、好きな活動を選びやすい
一部の活動ができるからといって、学校生活全体へ対応できるとは限りません。ただし、生活が昼夜逆転し、ゲーム以外の活動がほとんどない場合は、叱って取り上げるだけでなく、生活と学習を小さく立て直す支援が必要です。
息子が不登校だった頃、友達と遊びに出かけたことがありました。その時に同級生から、「どうして遊びには行けるのに、学校には来ないの? ずるい」と言われたことがありました。そう感じる子どもの気持ちも、私は分かります。
毎日学校へ行っている側から見れば、「学校には来られないのに、遊びには行ける」という姿は矛盾して見えるでしょう。けれど、学校へ行くことと友達と短い時間遊ぶことでは、子どもにかかる負担は同じではありません。
学校では、
・決まった時間に起きる
・大勢の中に入って授業を受ける
・みんなと給食を食べる
・再度、授業を受ける
という流れがあります。自分の調子に合わせて途中で休むこと、やめることも簡単にはできません。一方で、好きな友達と遊ぶことであれば、「今日は行けそう」と思える日もあります。「遊べるなら学校にも行ける」とは、必ずしも言えないのです。
4.宿題やテストを免除されているように見えるから
提出期限の延長・別室受験・課題量の調整などがあると、周囲は不公平に感じることがあります。しかし公平とは、全員に同じ条件を与えることだけではありません。必要な子に、参加できる条件を整えることも公平です。
ただし、配慮の内容を何も説明しないと、きょうだいや同級生に不満が残ります。個人情報を明かさない範囲で、「できないことを放置しているのではなく、別の方法で取り組んでいる」と大人が説明することが大切です。
5.家族の関心が不登校の子へ集中するから
きょうだいが「ずるい」と言う場合、学校を休めることより、親の時間や関心が不登校の子へ集中していることに傷ついている可能性があります。
「あなたは大丈夫だから」と任せ続けると、登校している子ほど本音を言えなくなります。不登校の子を支えながら、きょうだいと一対一で話す時間や、その子だけの予定も確保する必要があります。
6.修学旅行や行事だけ参加するように見えるから
普段は登校せず、運動会・文化祭・修学旅行などに参加すると、「楽しい行事だけ来るのはずるい」と言われることがあります。しかし、行事への参加が学校とのつながりを取り戻す入口になる場合があります。
一方、同級生へ過度な世話役を任せるのは避けるべきです。参加する本人の支援は、基本的に学校と保護者が設計します。同級生の善意だけに頼らず、座席、集合場所、途中退出、困ったときの担当者を事前に決めることが必要です。
7.不登校の理由を知らないから
不登校の背景は一つではありません。いじめや人間関係・学習のつまずき・集団への緊張・生活リズム・家庭環境・発達特性・心身の不調などが複数重なることがあります。本人も理由をうまく説明できない場合があります。
理由が分からないと、大人も子どもも「怠け」「甘え」といった分かりやすい説明に飛びつきやすくなります。決めつける前に、いつ・どこで・何が最もつらいのかを具体的に確認することが重要です。
不登校は、子どもだけの問題ではありません。息子の不登校を経験し、現在は教師として不登校の子どもたちとも関わる中で、私が強く感じるのは、不登校は本人だけを見ていても分からないということです。
・本人の心や身体
・家庭での様子
・学校での人間関係
・学習のつまずき
・先生との関係
・教室という環境
・生活のリズム
など、それらが複雑に重なっています。ですから、「学校へ行かせれば解決する」「しばらく休ませれば解決する」といった一つの答えだけでは対応できません。その子が今どこで困っているのか。何ならできるのか。何をすると少し楽になるのか。そして、どこからなら学びを再開できるのか。
私は、その一つ一つを一緒に見つけていくことが、不登校の子どもへの支援だと考えています。
「ずるい」と「必要な配慮」の違い

その子に合わせて対応を変えることと、「何をしてもいい」とすることは、私は別だと考えています。休むことが必要な時期もあります。でも、その先の生活や学習まで何も考えなくてよい、ということではありません。
| 場面 | 必要な配慮 | 見直したい対応 |
| 登校 | 短時間、別室、遅れて登校などを選ぶ | 本人の状態を確認せず無期限に放置する |
| 学習 | 量や方法を調整して学びを続ける | 学習機会そのものをなくす |
| ゲーム | 安心や交流の手段として時間を相談する | 昼夜逆転や課金問題を放置する |
| 行事 | 途中参加・退出できる計画を立てる | 同級生だけに支援を任せる |
| 家庭 | 本人ときょうだいの両方を支える | 不登校の子だけに関心が集中する |
配慮の目的は「楽をさせること」ではなく、今できる形で学びと社会参加を続け、少しずつ選択肢を増やすことです。
不登校の本人が「ずるい」と言われたときの対応

ずるいと言われたときの対応は、以下の通り。
周囲が避けたい言葉と、代わりに伝えたい言葉
不登校の子へ正論をぶつけても、動けない状態では罪悪感が強くなるだけの場合があります。次のように、評価や比較ではなく、状態を確認する言葉へ置き換えます。
| 避けたい言葉 | 代わりに伝えたい言葉 |
| みんな我慢して行っている | 今、一番負担になっていることは何? |
| ゲームができるなら学校へ行ける | 学校と家では、何が違ってつらい? |
| このままだと将来困る | 今できる勉強を一緒に考えよう |
| いつになったら行くの? | 短時間や別室ならどう感じる? |
| ○○さんは頑張っている | あなたの今の状態を知りたい |
登校を迫らないことと、将来の話を一切しないことは違います。本人の状態が比較的落ち着いている時間に、選択肢として話します。「明日行くか」ではなく、「朝の会だけ」「放課後に先生と会う」「オンラインで課題を受け取る」など、負担を小さくした案を提示してください。
自分を説得しようとしすぎない
「本当はつらい」と何度説明しても、理解されない相手はいます。全員を納得させる必要はありません。「今は学校と家族で相談している」「別の方法で勉強している」と短く答え、会話を終えても構いません。
言われた内容と場所を大人へ伝える
SNSや学校で繰り返し責められる、悪口が広がる、登校したときに囲まれるといった状況は、一人で解決しようとしないでください。日時、場所、言葉、相手、スクリーンショットなどを残し、保護者や学校へ共有します。
休むことと学びを止めることを分ける
教室へ行けない時期でも、自宅学習、オンライン学習、教育支援センター、フリースクール、個別指導などの選択肢があります。体調が落ち着いてから、1日10分の復習や好きな教科など、負担の少ない形で再開しても問題ありません。
保護者が「不登校はずるい」と感じたときにすること

保護者にやっていただきたいことは、以下の通り。
まず親自身の負担を認める
仕事の調整、昼食、学校との連絡、勉強の遅れ、将来への不安が続けば、保護者にも余裕がなくなります。「ずるいと思ってはいけない」と感情を押し込めるより、「自分も疲れている」と気づくことが先です。
感情を子どもへぶつけないためにも、学校の相談担当、教育支援センター、スクールカウンセラー、医療機関、民間の相談先など、家庭外の支援を利用してください。
原因探しより、負担が増える条件を確認する
「なぜ行けないの?」と繰り返されると、理由を説明できない子は追い詰められます。次のように質問を具体化します。
・朝が特につらいのか
・教室、授業、休み時間のどこがつらいか
・特定の曜日や教科で負担が増えるか
・別室や短時間なら行けそうか
・自宅なら取り組める学習はあるか
答えられないときは、その場で結論を求めません。会話、メモ、選択肢から選ぶ方法など、答えやすい形を探します。
家庭内の最低限の予定を一緒に決める
休養は必要ですが、起床・食事・入浴・就寝が大きく崩れると、次の行動がさらに難しくなることがあります。最初から学校時間割へ戻すのではなく、「午前中にカーテンを開ける」「昼食は同じ時間に食べる」「夕方に5分外へ出る」など、一つから整えます。
きょうだいが「ずるい」と言ったときの対応

すぐに「そんなことを言ってはいけない」と否定すると、きょうだいは本音を言えなくなります。まず「あなたも休みたい日があるよね」「我慢していることがある?」と聞いてください。
そのうえで、不登校の子と同じ生活にするのではなく、登校している子にも必要な休息や親との時間を用意します。
・月に一度、親と二人で過ごす時間をつくる
・学校で困っていることを確認する
・家事や我慢を一方だけに集中させない
・不登校の理由を本人の許可なく詳しく話さない
・対応は違っても、どちらも大切だと伝える
公平とは、全員を同じように扱うことではなく、それぞれに必要な支えがある状態です。
同級生が「不登校はずるい」と感じたときに考えてほしいこと

「自分だって休みたい」という気持ちはおかしくありません。あなた自身が学校で無理をしている可能性もあります。まずは、不登校の子を攻撃するのではなく、自分が何に疲れているのかを考えてみてください。
授業、人間関係、部活動、朝の体調など、つらいことがあるなら、あなたにも相談や調整を求める権利があります。他の子の配慮を減らしても、自分のしんどさは解決しません。先生や保護者へ「自分もつらい」と伝えることが大切です。
「ずるい」という言葉を悪者にしない
私は、子どもが「ずるい」と言った時、その言葉そのものをすぐに否定しないようにしています。
「そんなことを言ったらだめ」で終わらせてしまうと、その子が本当に伝えたかったことが見えなくなってしまうからです。
「ずるい」の奥には、「私だって休みたい」「私もつらい」「私は頑張っているのに、誰も気づいてくれない」「どうして対応が違うのか分からない」という気持ちが隠れていることがあります。
不登校の子に寄り添うことと、登校している子の我慢を当たり前にすることは、同じではありません。
どちらか一方を守るのではなく、「あなたには、今これが必要なんだね」「あなたも頑張っているね」と、それぞれの子を見ることが大切だと思っています。
不登校中の学習と進路を止めない5つの方法

学習と進路を止めない方法は、以下の通り。
1.学校と定期的につながる
毎日登校できなくても、担任とのメール、週1回の面談、課題の受け渡しなど、負担の少ない方法を相談します。学校との連絡が本人の負担になる場合は、最初は保護者だけでも構いません。
2.学習状況を教科ごとに確認する
「全部遅れている」と考えると動けなくなります。数学はどこから分からないのか、英語は単語か文法か、国語は読解か漢字か、と細かく分けます。得意教科から再開して学習への抵抗を下げる方法もあります。
3.一日の学習量を小さくする
最初から数時間の勉強を求めません。10分、問題1問、教科書2ページなど、終えられる量にします。短い学習を続ける方が、「今日もできなかった」という失敗感を減らせます。
4.学校以外の学び方を知る
教育支援センター、フリースクール、オンライン教材、個別指導などがあります。一定の要件を満たす学校外施設や自宅での学習が、校長の判断によって出席扱いになる場合もあります。制度や条件は学校・教育委員会へ確認してください。
5.進路情報を早めに集める
欠席日数だけで進路を諦める必要はありません。全日制、定時制、通信制、サポート校、高等専修学校など選択肢があります。地域や学校によって選考方法が違うため、中学3年生になってからではなく、早めに情報を集めます。
「不登校はずるい」に関するよくある質問

よくある質問は、以下の通り。
Q.不登校は甘えですか?
一律に甘えとは言えません。不登校には心身の状態、学校環境、人間関係、学習のつまずきなど、さまざまな背景があります。ただし、休ませるだけで困りごとが解決するとは限らないため、状態に応じて生活・学習・相談の機会を整える必要があります。
Q.ゲームができるなら学校へ行けるのでは?
ゲームと学校では負担の種類が違うため、ゲームができることだけで登校可能とは判断できません。一方で、ゲームが生活のすべてになっている場合は、禁止だけで解決しようとせず、睡眠・食事・学習・外出とのバランスを本人と相談します。
Q.不登校の子だけ宿題を減らすのはずるくないですか?
学習を再開するための一時的な量の調整であれば、必要な配慮です。ただし、何をどの程度学ぶかという計画は必要です。量を減らしたまま放置するのではなく、状態に応じて見直します。
学校では、子どもたちから、「〇〇さんだけずるい」「どうして〇〇さんだけ宿題が少ないの?」「どうして〇〇さんだけ別の場所にいていいの?」という声が出ることがあります。そんな時、私は子どもたちに、こんな話をすることがあります。
「ものすごくお腹がすいている人と、お腹がいっぱいの人がいます。その二人に、全く同じ量のご飯を渡すことが、本当に平等かな?」同じものを渡すことが、いつも平等とは限りません。
平等とは、みんなに全く同じものを渡すことではなく、一人ひとりができるだけ同じスタート地点、同じ状態に近づけるようにすることだと考えています。だから学校では、一人ひとりへの対応が違うことがあります。
ある子は教室で一日過ごす。ある子は別室で過ごす。ある子は一時間だけ教室に入る。ある子は宿題の量を減らす。ある子は期限を延ばす。表面だけを見れば、不平等に見えるかもしれません。でも、その子に必要なものが違うから、支え方も違います。一方で、「〇〇さんだけずるい」と言った子を叱ることも、私は違うと思っています。
Q.修学旅行だけ参加してもいいですか?
本人の希望と安全が確認でき、学校と具体的な支援計画を立てられるなら、参加は学校とのつながりを取り戻す機会になります。途中退出や集合場所、相談相手を決め、同級生一人へ負担を集中させないことが重要です。
Q.きょうだいまで学校を休みたいと言い出したら?
「まねをしている」と決めつけず、その子自身の疲れや学校での困りごとを確認します。必要なら休息を取りつつ、不登校のきょうだいと全く同じ対応にするのではなく、その子に合う支援を考えます。
Q.不登校でも出席扱いになる方法はありますか?
学校外施設や自宅でのICT学習などが、一定の要件を満たした場合に出席扱いとなることがあります。自動的に認められる制度ではなく、校長が判断するため、始める前に学校へ相談してください。
まとめ

不登校は、単純に「楽をするためのずるい行為」ではありません。ただし、登校している子、きょうだい、保護者が不公平感や疲れを抱くこともあります。
・「ずるい」の奥には、言った側のつらさが隠れていることがある
・不登校への配慮は、学びと社会参加を続けるための調整
・配慮と放置は違い、生活や学習の小さな計画が必要
・不登校本人だけでなく、きょうだいや同級生の負担も確認する
・登校だけを唯一の目標にせず、社会的自立につながる学びを続ける
「行くべき」「休むべき」と急いで結論を出すより、本人が何に困り、今なら何ができるのかを具体的に考えることが大切です。家庭だけで抱え込まず、学校や地域の相談先、本人に合う学習環境を活用してください。
私は、一人の母親として、不登校の子どもが抱える苦しさを見てきました。そして、一人の教師として、毎日学校へ通いながら頑張っている子どもたちの姿も見ています。
どちらの子どもの気持ちも、大切にしたいと思っています。
誰かへの配慮が、別の誰かの我慢の上に成り立つのではなく、一人ひとりが必要な支えを受けられること。それが、私の考える教育の公平さです。
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